塩出智代美先生(元広島大学客員教員)に御指導いただき、継紙を作成しました。
今回は、各自が選んだ和歌を塩出先生に書いていただくことを念頭に置きながら、扇形のものを作成することにしました。
和歌のイメージに合った料紙を作成すべく、紙の色や模様、配置について、郡司健太郎先生にもアドバイスをいただきました。
完成した料紙とその作成意図をご紹介します。解説はそれぞれの作成者によるものです。
※各紙の画像をクリックすると、詳しい解説が表示されます。
いまはとて天の羽ころもきるおりそ君をあはれとおもひいてける/『竹取物語』
【和歌】
この和歌は昇天するかぐや姫が帝に対して詠んだものです。「今はもうこれまでと天の羽衣を着るときになり、あなた様のことをしみじみと思い出しているのでございます」(『新編日本古典文学全集』より)。『竹取物語』においてかぐや姫が最後に読んだ和歌であり、天人に連れられて月に帰らなければならない彼女の「あはれ」の感情が表わされていると思います。
【料紙】
左上の黄色は月、右下の緑色は竹、その左横の紺色は夜空をイメージして選びました。月として選んだ紙は光に反射してきらきらと光り、背景としても明るい紙を使ったので、「望月の明さを十合せたるばかり」の明るさを表現できているかなと思います。竹をイメージして選んだ紙には、うっすらと白い線が入っており竹の表面の様子と似ていると思いました。また、夜空として選んだ紙には銀が散らしてあり、これが星の光にみえたので夜空と星のイメージをもってこの紙を選びました。月へと昇っていくかぐや姫を想像しながら作りました。
(3年 州濵󠄁愛那)
右:みをつくし恋ふるしるしにここまでもめぐり逢ひけるえには深しな
左:数ならでなにはのこともかひなきになどみをつくし思ひそめけん/『源氏物語』澪標巻
【和歌】
右:秋、源氏は願ほどきの為に住吉へ詣で、そこで偶然にも参詣の為に訪れていた明石の君と行き合わせます。明石は、豪華な源氏一行の様子を望見し、それには到底及ばない自分の身の程を思い知ります。後に明石が来合せていたことを知った源氏は、明石へ慰めの歌を贈ります。「身を尽くして恋い慕うかいがあって、澪標のあるこの難波までもやってきてめぐりあったのです。あなたとの宿縁は深いのですね。」
左:源氏の便りに感謝し涙を流した明石は、次のように返歌します。「人数にも入らぬ身の上で、何の生きるかいもないこの私なのに、どうして身を尽して君を思いはじめてしまったのでしょう」
【料紙】
右:衣配り(玉鬘巻)において、源氏は明石に「梅の折枝、蝶、鳥飛びちがひ、唐めいたる白き小袿に濃きが艶やかなる」(梅の折枝に、蝶や鳥が飛びちがっている模様の舶来風の白い小袿に濃紫の艶のある)衣装を贈ります。最愛の妻である紫の上までもが「めざまし」と思う気高い衣装を、源氏は彼女に選ぶのです。私のお気に入りの一場面です。ここでは玉鬘巻の色を先取りし、源氏の明石を思いやる心情を表現しようと試みました。
左:本場面に登場する「松原の深緑」という語から、住吉の美しい風景を思い描きつつ、歌を受け取る源氏の煌びやかで、力強い様子をも想像しながら色を選びました。扇を並べて飾った時に、金箔と銀箔が対応するように料紙を選びました。
(3年 山下真梨)
人知れず思ひ叶へて行く道になに朝ぎりの袖濡らすらん/室町物語『しぐれ(雨やどり)』
【和歌】
「思っていたことが叶って女君とともに行く道なのに、どうして朝霧が、まるで涙が濡らすかのように、私の袖を濡らすのだろうか」(絵詞研究会『時雨物語絵巻の研究』二〇一六年、一七二頁より)。
清水の別当に攫われようとしている女君を、時雨が降った折に女君へと傘を差し上げた中将は女君の侍従とともに自邸へと連れ帰る。清水寺から坂を下って屋敷へと向かう際に中将が詠んだのがこの歌であるが、「思ふこと叶ひてともに行く道に」や「なに夕ぎりの袖濡らすらん」など異同が見られ、中将の心情や物語時間を考えるにあたってとても興味深い。
【料紙】
物語の季節が晩秋から初冬であること、また本文に「紅葉落葉」「紅葉襲」とあることから、色鮮やかな赤色に銀箔を施した見た目のよい料紙を、すすきの穂を思わせる黄色を側に添えて清水の坂を下るように配置した。背景の唐草文様は「四方の梢千草の色」「四方になれたる野萩の音」による。鮮やかな紅葉と対照的な白い料紙は、これから中将と女君に訪れる冬を想起させる。
(3年 濱口倖多)
冬の夜の明かしも得ぬを眠も寝ずに我はそ恋ふる妹がただかに/『万葉集』
【和歌】
「冬の夜の 明かしかねる寒い夜をずっと 寝もやらず わたしは思い続ける そなたのことを」
天平元年(七二九年)十二月の相聞の長歌で、班田についての厳しい出張作業の労苦から妻恋しさを詠んだ歌です。
【料紙】
右下の濃い青色の料紙には銀が散らしてあり、厳しく、凍える夜だからこそ一層美しく広がる冬の星空の澄んだイメージにぴったりだと思いました。繊細でありながらも、紙の華やかさに負けない力強さをもった筆致がお気に入りです。
(3年 田島愛奈)
君や来し我やゆきけむおもほえず夢かうつつか寝てかさめてか/『伊勢物語』第六十九段「狩の使」
【和歌】
『伊勢物語』第六十九段は、狩の使として伊勢に赴いた男と斎宮との恋物語が描かれている章段です。この和歌は、男と斎宮が一夜のはかない逢瀬を果たした後、斎宮から男に贈ったもので、「あなたがおいでになったのか、私が伺いましたのか、判然といたしません。いったいこれは夢だったのでしょうか、目覚めてのことだったのでしょうか。」という意味です。二人が交わした逢瀬の時間は短く、心打ち解けないまま終わってしまいました。そんな一瞬の逢瀬のはかなさが、斎宮のこの和歌によってより強く印象づけられます。男と斎宮は互いに二度目の逢瀬を望みますが、その結末は……。ぜひ『伊勢物語』を読んで、二人の恋を見届けてください。
【料紙】
右下に暗めの色、左下に明るめの色を配置することで、和歌の下の句の「夢かうつつか寝てかさめてか」を表現しました。背面の扇形の紙は、塩出先生が用意してくださったものです。銀色がとても綺麗で、より素敵な作品になりました。
(4年 楠見彩乃)
おもひやれ山路のつゆにそほちきてまたわけ帰る暁の袖/『山路の露』
【和歌】
『源氏物語』の最末尾において、薫は浮舟のもとへ使者を遣わしますが、浮舟は「今日は帰って」と対面を断ります。薫はこれで諦めるのか、もしも諦めなかったとしたら浮舟はどうするのか、さまざまにその後を想像させる結末です。『山路の露』は、まさにそんな二人のその後を描いた作品です。薫は自ら浮舟のもとへと足を運び、二人は再会します。その翌朝、薫から浮舟へ、「露に濡れながら山道をあなたのもとへとやってきて、またその露を分けながら都へと帰ってゆく、そんな暁方の私の袖の涙を思いやってください」と胸中を訴える歌です。
【料紙】
二人の再会は八月十五夜のこと。薫がようやく目にすることができたのは、物思いにふけりつつ月を眺める浮舟の姿でした。左上の煌びやかな黄色の料紙は浮舟の眺めた月を、右下の草花が描かれた料紙は薫の分け入った山道と露を、それぞれ表現すべく選びました。中央左下の料紙には箔が散らされており、右下の料紙から露が連なるようなイメージで配置しています。郡司先生のアドバイスにより、時間と空間の広がりが感じられる紙に仕上がりました。
(小川陽子)
大空の月の光し清ければ影見し水ぞまづこほりける/『古今和歌集』読み人知らず
【和歌】
大空にある月の光が冷たく澄んでいるので、その月影を映している池の水が真っ先に凍ってしまった。
【料紙】
テーマは「白」です。私が一番好きな色であり、たくさんの種類がある色でもあるので今回は全体的に白っぽい色を選びました。その中に、墨流しの柄や、金粉の入った和紙を加えて地味になりすぎないようにしました。この配色に合う和歌を探し、実際に書いていただくと、寒い日の静かな夜の情景が継ぎ紙の中に浮かび上がってきました。
(4年 大前乃愛)
あらざらむこの世の外の思ひ出に今ひとたびの逢ふこともがな/『後拾遺和歌集』
【和歌】
死を悟ったとき、一番に逢いたくなる人は誰でしょうか。
「もうすぐ私は死んでしまうでしょう。あの世へ持っていく思い出として、今もう一度だけお会いしたいものです。」という意味のこの歌は、和泉式部が病床に伏しながら恋人に詠んだものです。
【料紙】
情熱的な恋も、弱気な恋も、たくさん経験してきた彼女の人生を表現しようと思い、薄いピンク色と濃いピンク色の料紙を使いました。また右下の薄緑色は男性のイメージで、上のピンク色と向き合うように配置してみました。
(3年 田島愛奈)
大野路は繁道茂路茂くとも君し通はば道は広けむ/『万葉集』
【和歌】
「大野道は 草木の茂る道 茂っていても あなたが通われるなら 道はきっと開けましょう」(『新編日本古典文学全集』より)
「越中国の歌」として載せられている歌です。
【料紙】
キラキラのイメージが好きで、豪華な感じにしてほしいと思って選びました。
(留学生 周翠翠)
ほととぎす君につてなむふるさとの花橘は今ぞ盛りと/『源氏物語』幻巻
【和歌】
「ほととぎすよ亡きお方に伝えておくれ。昔のお住いの花橘は今が盛りですと」
紫の上の死後、悲しみにくれる光源氏のもとを訪ねた夕霧が詠んだ歌です。
常世と現世を往来するとされていたほととぎすと、懐旧の風物とされる花橘がよみこまれています。
【料紙】
白と黄色で花橘を表現し、黄色の横に配置した灰色でほととぎすを表現しました。また、上部に配置したピンク色は常世にいる紫の上を表現しました。彼女の季節とも言える春とあたたかく柔らかい人物像を柔らかいピンク色に託しました。
(4年 德光杏美)
月やあらぬ春やむかしのはるならぬわが身一つはもとの身にして/『伊勢物語』
【和歌】
思いを寄せていた女と会えなくなった男が、女が住んでいた屋敷で以前のように梅を見てみるも、ひとりで見る梅は一年前とは似ても似つかず、悲しみにくれて詠んだ歌です。女がいなくなり、月や春は昔と違って感じられるが、私は昔のままだ、という嘆きが表現されています。
【料紙】
月が見える夜をイメージしました。梅は春を感じさせる明るい色ですが、男が一人で見る景色は華やかな春と違うと思い、落ち着いた緑を大きく配置しました。
(1年 村山昊太郎)
しのぶれど色に出でにけり我が恋はものや思ふと人の問ふまで/『拾遺和歌集』巻十一恋一
【和歌】
百人一首にも収められている有名な和歌なので、聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。「ずっと秘めていたけれど、顔色に出てしまったよ、私の恋は。物思いをしているのですか、と人が尋ねるほどに。」という意味の和歌です。周囲に隠せないほどに募ってしまった恋心が、分かりやすく描き出されています。自分では心の中に秘めているつもりでも、恋心は態度に表れてしまう。恋する人間のこのような姿は、現代に生きる私たちにも共感できるものではないでしょうか。そんな普遍性が端的に表された、私の大好きな和歌です。
【料紙】
この和歌は恋の歌なので、ピンク系の色味を選びました。和歌の主題が「忍ぶ恋」でもあるので、全体的に派手な印象になりすぎないように、紙のバランスを意識しました。また、右下と左上に華やかな紙を使ったので、和歌が配置される部分は、文字が目立つようにシンプルなものを選びました。
(4年 楠見彩乃)
七重八重花は咲けども山吹のみの一つだになきぞかなしき(あやしき)/『後拾遺和歌集』、『常山紀談』
【和歌】
雨の日、小倉のとある家に、1人の人が蓑を借りようと訪れましたが、家の者は蓑を貸すのではなく山吹の枝を渡します。その翌日、その人がなぜ山吹を渡されたのか分からなかったと言ったので、兼明親王が「七重八重と、山吹の花は咲くけれども、実の1つさえないように、蓑1つさえもないのは不思議なことです。」と和歌を返しました。『後拾遺和歌集』での第5句は、「なきぞあやしき」となっていますが、展示の和歌には「なきぞかなしき」(ないことが悲しい)と書いてあります。こちらは、江戸時代中期に書かれた『常山紀談』にも掲載された太田道灌の逸話に基づくものです。こちらのお話は、雨の日に蓑を借りようとしたところ、山吹の枝を渡されて腹を立てた道灌が、近臣からこの山吹の古歌を聞き、己の不勉強を恥じたという内容になっています。
【料紙】
山吹にまつわる歌ということで、黄色を主にして考えました。雨の日の出来事なので、雲を表すために左上に白色を使ってみました。左下の桃色は、桜の色ということで春を感じていただければと思います。幾重にも重なった茶色のグラデーションは、偶然ではありますが八重山吹を思い起こさせるように配置できました。
(2年 安居稀星)
【料紙】
煌びやかなイメージと幽玄とが合わさった雰囲気を出してみようと思いました。広い中央部分の紙は、その色こそ落ち着いていますが、中華的なイメージをも感じさせる模様がびっしりとあります。それらが合わさって少し混沌とした感じも出ているかもしれませんが、それは私の好きな近世初期の雰囲気に通ずるものがあるかもしれません。
(3年 佐々木健伸)